「飛騨古川音楽大賞」第1回大賞受賞者武満徹氏が、94年に書き上げた旧古川町委嘱作品。受賞後の来町で古川祭を見学された武満氏が、「荒々しさと典雅が入り交じった祭りは、大変独特なもので、大太鼓のゆったりした底深い響は忘れられない。」と語り、その「静」と「動」の祭典、そこに住まう人々、そしてそのたたずまいに触発されて作曲。スピリット・ガーデンは見る人の立つ位置によって風景が変る回遊式庭園のように、音楽もその様相を変化させ、また、ちょうど「おばけ煙突」と同じで、見る立場によって2本に見えたり4本になったりと、庭に配置されている音響のオブジェでもあると武満氏は表現した。

起し太鼓の底深い響きは、近づいて遠くへ流れていく時間の中に、静謐な時刻(とき)と永遠性を感ずることができる。曲の終わり近くで『ドドッ』と繰り返される太鼓の響きは、静かに精霊と語り合うように宇宙のかなたへ昇華していく。とりわけ古川の人々にとっては、魂を揺さぶられる感動的な場面であろう。

武満氏はこう話した、「僕は今まで人に嫌われるような曲ばかり書いてきたけれど、今度は古川の人たちに喜ばれる音楽にしたいと思いました。作曲中に古川の人たちの顔が浮かんできました。」と。この作品が生まれたことは奇跡であり、今までなかったものがこの世に存在することは、未来に向かって永遠であり、世界に向けての誇りでもあります。

武満は、古川の町の佇まいやそこでの人々の暮らしぶりに、いつも魅了されていました。
古川を訪れるたびにそこで長い年月をかけて培われてきた独特の文化の息吹に触れ、ごく自然に《精霊の庭》という曲の構想が生まれたのではないでしょうか。

このたび、この曲が新しくできたホール「精霊の庭」で小泉和裕さん指揮で演奏され、私も聴くことができ、たいへん嬉しく思いました。
この多難な時代にあって、得難い場である古川の町や「精霊の庭」がいつまでも美しくあり続けますように、心から希っております。
生前はもちろん、今もなお、多くの町の皆様から武満に変わらぬ温かいご支援をいただき、心から御礼申し上げます。

《精霊の庭》が初演された1994年に、まだ学生だった私は遅ればせながら飛騨古川という町の存在を知りました。この曲が大好きになると同時に、武満さんが魅せられたのはどんな町なのか、気になり始めました。武満さんの曲から感じたような、大いなる自然があるところなのか？曲の中で静かに深く鳴る、町の祭に由来するという優雅で幻想的な太鼓は、実際はどんな音なのか？

武満さんは、民謡のような分かりやすい素材を作品に用いませんでした。ご自身が心の眼で見て感じられたことを音楽にされた──それがゆえにいっそう、私もその土地を訪れたいという気持ちを強くもつようになりました。

その思いが実現したのは、武満さんが亡くなって13年も後のことでした。町には立派なホールが誕生していました。そして今年（2011年）、曲と同じ名前をもつそのホールで《精霊の庭》が演奏され、私もその場に立ち合う幸せな時間を過ごさせていただきました。
古川町を訪れたときのことは、忘れられません。どっしりとした町並みは静かに誇り高く佇み、町の方々は静かに時に賑やかに人を包み、吹きぬける風は匂いと色を伴い、水や樹々は生き生きとして鳥がさえずり、月は神秘的に輝いていました。武満さんの《精霊の庭》から私が感じたことが、町に息づいている……！
この驚きと喜びは、今年の春の、心がヒリヒリするような出来事の後に訪れたときも、変わらずにありました。

武満さんは最初この曲のタイトルを「賛歌」にしようと思っていたと、町の方から伺いました。その言葉がいま、胸に響いています。